2015/05/31

20150531_奥久慈トレイル50K (57km)(本編の前編)

導入編はこちら

もう走りたくない、と何度思ったことだろう。
もうやめよう、と何度思ったことだろう。
レース中、こんな風に思ったのは初めてだったから、自分のその感情に動揺もした。
でも、諦めなかった。
そして、最後までその気持ちに脚がついてきた。
いや、脚に気持ちがついてきたのかもしれない。

繰り返し手を合わせては、自分自身の体と山に祈りを捧げた。とにかく完走したかった。その先に続くトレイルを見ながらのゲームオーバーは嫌だった。ひたすら関門に追われながら進み続けた12時間49分33秒。

関門の制限時間は未だかつて経験したことがないほど厳しいものだったので、自分の実力ではゴールまで辿り着けない可能性はとても高いとわかっていた。トレーニングを始めた時期は確かに遅かったかもしれない、けれど私は私なりにやるだけのことをやってきた。今の私にできた最大のことをしたつもりだった。これ以上やっていたら故障していたかも知れないし、疲れて仕事にならなかったかもしれない。これが精一杯だったんだ。もう泣いても笑っても本番、やれるところまでやるしかない。そして挑んだ奥久慈の山々に、祈りは、届いた。
<記録>
スタート 5:30
第1関門 7:49:00(制限時間9:30)
第2関門 11:59:52(制限時間13:00)
第3関門 15:51:51(制限時間16:00)
第4関門 16:41:17(制限時間17:00)
ゴール  12:49:33
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5月26日(火)
都内でキックオフ。お酒は抜いた方がいい時期ではあるけれど、自分的にもチームからの参加人数的にも、レースの規模や過酷さ的にも、これほど大きなレースで決起会をしない理由はない。仕事後の隙間時間を使って、持参するエネルギージェル系を散々調達し散財してから飲み会に向かう。つい数日前にできあがったばかりのPatagonia製のチームロゴ入Tシャツの引き渡しも兼ねての大所帯での決起会。チームシャツはこれまでにも作ってきたけれど全部綿シャツで、チーム外の人にも販売をしたりしていたのだが、今回は初めての化繊。これはチームメンバーしか着られないものだ。それを受け取り、身が引き締まる思い。今回はこれを着て走るんだ。レース当日の天気は雨予報。

5月30日(土)
9時半に都内に集合し、仲間と5人で奥久慈を目指す。道路も混んでおらず早々に到着したので、お昼ご飯も兼ねて福島の方まで脚をのばす。なんだかやたらと楽しくて、口々に「レースってこんな楽しかったっけw」「なんか楽しいねぇ〜」とか言いながら車の中でも終始お喋り。カーボローディングを兼ねてラーメンを食べ、その後の道すがら河原に降りて遊んだりしてから宿にチェックイン。雨予報はすっかり晴れ予報に変わっていた。しかしこれは暑すぎるのではないかと危機感を覚える(このとき32℃)。
福島から宿に向かう途中に川を見つけてつい降り立つメンバー達w
根っからのアウトドア好き・・・
コース説明会はこんなに立派な講堂で行なわれた。
極度の眠気と戦いながら、延々1時間に及ぶコース説明。このレースは毎年コースが微妙に変わることで有名らしいのだが、今回は過去最高に過酷といわれる2014年のコースと同じだ。第1関門の制限時間はかなりゆるいので引っかかることはまずないけれど、その関門を余裕で通過したからといって安心しているとまず完走は無理とのこと。関門はどんどんきつくなるらしい。しかも、曰く第1関門は1時間半で通過するのが理想と・・・え、登り基調の過酷な11kmを1時間半ですと?ロードの10kmのたかだか1.5倍程度の速さで・・・?それまでチーム内で共有していた目標タイム表の想定がガラガラと音を立てて崩れ去る。会場内がざわつく。皆がスマホでスライドのタイム予想表を撮影した。林道は歩いていたらまず関門は間に合わない、って言われても、その林道って下りだけじゃなくて上りもあるよね・・・?

激震の走った説明会が終わると前夜祭。鮎の塩焼きなどが振舞われると聞いていたが、奥久慈しゃもとかお稲荷さんとか唐揚げとか、あらゆるブースが出ていて色々なものが振舞われた。町をあげての歓迎ムードに、のっけから胸を熱くさせられる。しかしレース前日なのに結局ビールを飲みながらこんなアブラモノ食べてて体調は大丈夫なのか。子供の運動会観戦を終えたシンゴプロ(別に何のプロでもないんだけど、ただのニックネーム)が夜合流し、さらなる宴を繰り広げ、結局就寝は23時過ぎ・・・(翌朝3時起き)
鮎を食べる一同。応援に駆けつけた仲間も一緒に前夜祭に参加。
ひとりたったの910円でふた部屋も借りられた公共の宿。一部屋を作成部屋に、もう一部屋を就寝部屋に。
最後にジェルの個数や持参する水分、全体的な作戦なんかを共有したりしながら飲み。(まだ飲んでる)
おやすみなさいzzzzz

5月31日(日)
5時半出走。3時起床3時半出発で宿を後にする。臨戦態勢。
宿からスタート地点まで、30分ほど車を走らせる。スタート地点に近い駐車場は残念ながら既に埋まっていたので(想定内)、少し離れた駐車場に車を停めてシャトルバスで会場を目指す。シャトルバス出発直前に腹痛を訴えたビビさんと私は、今回運転をしてくれたタケさんのご厚意で近くの道の駅へ。結局最終シャトルバスの1本前で会場入りすることになった。

私はその後も会場でスタート前に3回もトイレに通い、最後のトイレはスタート10分前。今回女子の出走者は70人くらいだったようだが、これだけ女子が少ないとトイレが混まなくていい。
序盤3kmをキロ4分台で突っ込んでトレイルの渋滞を避けるか、それとも後半に脚を残すためにダッシュしないで淡々と進むかかなり迷ったのだけれど、前日の説明会で「第一関門1時間半で通過すべし」と聞いてしまったので、とてもじゃないけど淡々と進んで渋滞に巻き込まれている場合ではないだろうという気がした。前の方に並べば、ダッシュしなくても大丈夫と聞いてはいたけれど、後ろの方に並ぶ羽目になってしまったから突っ込まざるを得なくなった。全員で完走しよう、と誰かが言ったけれど、緊張と不安で何も言葉は出ない。朝5時半、ゴールゲートをくぐるとレースがはじまった。最初の舗装路で突っ込んでトレイル以降の渋滞を回避する予定なのはタケさん、ハギー、ビビちゃん、私の4人、最初は突っ込まず淡々と進む戦法なのはシンゴさんとcossy。

突っ込むなら引くよ(前を走ることで、走るペースを引っ張ってくれるという意味)、と、今回の出場メンバーで最速を誇るタケさんに言われていたので序盤は必死についていった。袋田の滝を見てトンネルをピストンし、スタートから約3kmほど走るとトレイルに突入だ。トレイルに入ってしばらくはタケさんの後ろにひっついていたが、タケさんが1人、2人と追い抜いて前に行ってしまったと思ったら、あっという間に50mほども差ができて、何かの拍子に視界から消えた。最初だけならついていくのもいいけれど、こんなに強い人にずっとついていったら確実に私は潰れてしまうから、この辺りでサヨナラするのが丁度良かったのだろう。次にコース上で会うことはきっとないのだろうなと思ってタケさんを見送る。2年前のキタタンで私より先にゴールしたハギーは、舗装路だけでなく前半をとばして後半はその貯金を崩していく戦法とのことだったので、タケさんよりも更に少し前に居た。他は全員見失ってしまった。

孤独な闘いが始まった。コース説明の時、「第2関門まで細かいアップダウンが続きます」「ずっと細かいアップダウンが」「アップダウン・・・」としつこいくらい聞かされていたので、多少のアップダウンでは驚きもしなかった。逆に、これだけ頻繁にアップとダウンが繰り返されるのなら、体の1ヶ所だけに疲労がたまったりせず分散されていいんじゃないかとさえ思った。それにしてもちょっと登っては下り、登っては下り、せっかく登ったのに下らされる、本当に過酷なゾーンで滅茶苦茶暑かった。風はない。このゾーンはほとんどがトレイルだが、関門の手前で舗装路になる。舗装路のすこし手前で、一度は見失ったハギーに追いついた。「もう貯金なくなっちゃいましたね〜」とニコニコするハギーの後ろを進んでいると、足首があらぬ方向に曲がり激痛が走る。おいおいまだ第1関門だろ?一瞬焦ったが、大した捻挫ではなかったのでそのまま騙し騙し進んでいると調子は戻ってきた。説明会で1時間半がリミットと聞かされていた第1関門だが、私が到着したのは7:49、スタートから既に2時間20分が経過していた。頭から水をかけてもらい、水を飲み、ハギーと話して、すこし何か口にしてすぐ出発したのだったと思う。1.25Lほど積んできたハイドレーションの水はまだたっぷり残っていた。

ここからは男体山を含んだアップダウンゾーン。高低図を見てもギザギザすぎて意味がわからないし細かい記憶ももう無い。ただ、とにかく暑かったので、喉が渇いていなくてもこまめに水分を摂るようにした。ハイドレーションにはアクエリアスと水を半々に割ったものを入れてきていたので、少しずつ摂取することでスポーツドリンクの成分も摂取できて熱中症対策になると思った。それでも少し塩分不足を感じて塩梅グミを食べたり、自作の梅ジェルを食べたりしていた。17.1km地点にはエイドステーションがあったが、ここで選手達は「これでたったの17kmとか、どんだけきついんだよ・・・」と口々に溜め息混じりの泣き言をいっていた。私も、こんなにきつい17kmは経験したことがなかったし、これが延々50kmも続くのであれば無理だろうなと思った。関門に間に合ったとしても、その先歩みを進めたあとで走れなくなったら、次の関門まで進むか、手前の関門まで引き返すかしなければならないのだろうし、余力を残してリタイヤしたほうがいいのかなとも思った。ああ、やっぱり私が安易に出場するような大会じゃなかった、時期尚早だった、ぼんやりとそんなことを考えていた。でも、大抵レース序盤てのはきつく感じるものだから、きっと途中から調子があがってくるだろう、と期待もしていた。

第2関門は26km地点、竜神大吊橋を渡った先にある。橋の手前には4kmほどの舗装路と、そこから続く心臓破りの439段の階段が待ち受ける。階段にたどり着くまでにも散々きついアップダウンを強いられ、アスファルトで脚を傷めつけてられてからの、長大な階段に行く手を阻まれる絶望感たるや筆舌に尽くしがたい。過去にこのレースに出場した人のブログを事前に読んで、「階段の手すりにすがりついて、腕で体を引きあげるようにして登った」なんて記録を見ては「大袈裟だろww」と思っていたのだが、、、まさに自分が同じようにして階段をあがっていた。太腿が思うように上にあがらない。前腿を使いすぎないように、ハムストリングを積極的に使うよう心掛けて一歩一歩階段をのぼった。階段ではマッチョな女性ランナーと抜いたり抜かれたりを繰り返しながら、きついよーきついよーあと少しで関門だーと励ましあって進んだ。外国人男性ランナーが「ガンバリマショー!!」と言いながら追い抜いていく。そう、みんな想いは一つ。
竜神大吊橋(公式ページより)
無心になってのぼっていくと、もうすぐ関門、という看板が現れた。視界の先にはここ数時間見かけたことのない小綺麗な人達が談笑している。この吊橋は観光スポットでもあるので、普通に橋を見に来ている人達で賑わっていたのだ。彼らとの温度差。おまえらこのクソ暑い日に何を好き好んで山ん中走ってんだよ、という好奇の目に晒されながらもちょっと得意気に橋を駆け抜ける。うちら、今朝起きてから、山の中を登ったり下ったり、かれこれもう26kmも走ってるんだぜ?知らないかもしれないけど、これね、無茶苦茶楽しいんだぜ?楽しそうに見えないかもしれないけどね、とりあえずここまで来られて私は無茶苦茶嬉しいんだぜ。ここにいる全員に拍手されながら真ん中を走っても恥ずかしくないくらい最高の気分だ。それでもまだここで走るのをやめてもいいんじゃないかと思っていた。ここをゴールにしてもいいんじゃないか?

階段で抜きつ抜かれつしていた女性ランナーに再び橋の途中で追いついた。「11時台になんとか関門通過できますね!ギリギリゴールできるかなぁ」と声をかけると「いやぁ、無理じゃないかなぁw」との返事。まじか。。。あと7時間半もあるけどゴールは無理かもしれないのかw

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きっとすごく長く感じるんだろうなと思っていた吊橋だったが、走り出したらどんどん向こう岸にあるOSJと書かれた横断幕が近付いてきた。けれどまだ全行程のたったの半分・・・心がくじけそうになるけれどとりあえずここで大休憩を取ろう。落ち着こう。クールダウンしよう。すると目の前に赤いコーラの缶を持ったニゴちゃんがいた。そして奥久慈フィニッシャーであるパイセンもいた(ニゴちゃんはパイセンの弟)。ああああああああキンキンに冷えたコーラあああああああ!!!!うああああああああ!(喜)

缶が冷たくて気持ち良い。貪るようにプルタブに指をかけ、力を込めて手前に引くと、カシュッというあの音がした。中の液体がシュワシュワと音を立てる。ごくり、とひとくち。ふたくち。逝ってしまいそうになるのをかろうじて止めたけれど、その後はほとんど一気飲み。うんまい。最高にうんまい。2ヶ月くらいカフェイン断ちをしていた細胞のひとつひとつに、コーラのカフェインがガツンと喝を入れる。元々カフェイン中毒だったので、このコーラで何かが目覚めたような感じもした。

タケさんは一番最初に到着したけれど熱中症気味でまだ休んでる、ビビちゃんはその後到着してさっき出発したとこ。状況報告を受けてタケさんの様子を見がてら積極的に休憩をする。序盤私を引いてくれたタケさんが横になってぐったりしていた。私はそんなに速くないからわからないのだけれど、走れる人というのは得てして走れるだけ走って体温を上げすぎてしまう。自分が彼の立場だったらどれほど悔しいだろう。想像しただけで悔し涙が出そうだった。手足が痺れてきた、もうこれ以上はやめておく、リタイヤするわ、と、私の休憩中に彼はそう言った。私の前にはもうビビちゃんしかいない。

タケさんのリタイヤを受けて、私の中からは完全にこの関門でリタイヤするという選択肢が消えた。例え第三関門にたどり着かなかったとしても構わない。でもここで諦めることはしない。できない。Run or Die!!のチーム理念はmust be white out!、走りたくないなんて理由で走るのを辞めるなんてクールじゃないし有り得ない。走れるだけ走るんだ。それしかないんだ。

ニゴちゃんとパイセンがハイドレーションの水を補給してくれ、食べ物もあるよと促してくれ、調子はどうだと気遣ってくれる。エイドに置いてあったパワーバーは1切れしか食べられなかったが、カフェイン入りのジェルとアミノバイタルプロ、MAGMAを1本ずつぶち込んだ。というか、全体的にエネルギーが摂取できていないし気持ちが悪い。軽い熱中症だったのだろう。仕方なく、普段は摂取したことのないサプリメント的なものでどうにか繋ぐ作戦に出る。20分近い休憩を終えると、タケさんの余ったエネルギーを吸い上げるようにして私は再び走り出した。階段を降りてぐるりと休憩地点の真下を駆けると、上から「ランオアダーイ!!」という声がして、私は思い切り手を振った。

後編へ続く

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